肯定できない日本の状況
このコラムでは、ITストラテジストである筆者・田部良文がIT業界の課題と展望について書いていきたいと思います。少し仰々しいテーマに見えますが、IT業界に属する者の生の声をお届けしたいだけですので、昼休みの暇つぶしや酒席のネタにでもするつもりで、肩の力を抜いてお読みいただければ幸いです。
さて、第一回は「肯定できない日本の状況」についてフォーカスを当てます。IT業界の話題に入る前段階として、日本の産業全体の肯定できない側面を見ていきましょう。
企業の時価総額ランキング
まず、企業の時価総額世界ランキングを見てみましょう(※1)。
※世界時価総額ランキング2017年4月末日時点(Think 180 around)
ランキング上位には米国の企業が並んでいます。アップル85兆円、グーグル71兆円、マイクロソフト62兆円、GE28兆円、アマゾン48兆円で、こういった企業が大規模なM&Aでさらに規模を拡大している状況です。(2017年3月〜4月末のデータ。113円/$換算) しかも、これらの企業は代替不可能な存在となっており、時価総額の試算がほぼ不可能な状態になっているという指摘もあります(※2)。
これに対して日本の企業は名門であっても、トヨタの18兆円を筆頭に、せいぜい数兆円程度の規模しかありません。三菱電機で3.5兆円、日立製作所も3兆円。急成長を遂げている高収益企業として、ソフトバンク9.6兆円、NTTドコモ10.6兆円、ファーストリテイリング等もありますが、米国の世界的企業とははるかに差がついてしまっている状況です。時価総額が低いと買収の対象になりやすくなります。DELLは2015年にEMCを8.6兆円で買収しました。2016年にはQualcommによるNXP Semiconductorsの買収では、買収額4.9兆円という大型M&Aが行われております。これらの買収劇が行われている現代では、時価総額という基準においては、日本の企業が吹けば飛ぶような脆弱な価値しか持っていないということになります。
日本企業の価値は弱いのか
では、日本の企業はポテンシャルも低いのかというと、私にはそうは思えません。細かい検証をするまでもなく、日本企業のヒト・モノ・カネは、決して劣っていないでしょう。
特に従業員の質は非常に高いと言えます。会社の備品が無くならないだけでも従業員のモラルが高いと言われる地域があるようですが、日本の場合それは当然として、総じて勤勉で欲がなく、上司が指示するまでもなく残業し、必要があれば自発的に休日出勤もし、給与が安くても、昇進しなくても、会社が傾いても辞めずに一生勤め上げることが一般的です。従業員に大変恵まれていると言えます(※3)。
筆者の周りには、休日や夜間に資格取得の勉強会を開いてスキルアップに努めたり、大学院に通って学位を取得したりする人がかなりいます。ほとんど昇給や昇進に結びつかないにもかかわらず、まるで陰徳を積むかのように、勉強している姿を目にします。この例からも、スキルやモチベーションをマクロで見た場合、「平均値」や「最頻値」では非常に高い位置にあるといえるでしょう。
優秀な“草食系”従業員を大量に雇用できていて、技術や特許もたくさん保有し、それでいて時価総額の低い日本の企業は、“肉食系”の外資系企業の経営者から見たら垂涎の的です。護送船団方式やグループで株の持ち合いをしているため買収のターゲットにされる機会は少ないのですが、一旦その条件から外れるとたちまち狙われるのです。シャープや東芝の半導体部門を外資系企業が欲しがるのは当然の成り行きだったのです。
このように、日本企業のポテンシャルは決して低くありません。日本企業は保有する高いポテンシャルを顕在化させないと、名門企業が買い叩かれ、欲しい部門だけを残し、あとはバラバラにして売り払われてしまう悲惨な例が、これからも繰り返されてしまいます。
高いポテンシャルをなぜ競争力に結び付けられないのか?
それでは、高いポテンシャルがあるはずの日本企業がなぜ競争力を発揮できないでいるのかを考えてみます。この辺りの話は膨大な論点がありますが、このコラムでは、適切な投資ができていない点に着目してみたいと思います。
最近、ある企業で新規事業への取り組みに失敗してしまった事例を目にしました。この企業では、社長が交代したタイミングで、次世代の収益の柱となる新規事業へ投資するために、幹部を集めて2日間のブレーンストーミングを行ないました。しかし、新規事業に関する革新的なアイデアが出なかったということでした。そこで、経営企画部門が、アイデアを持っていそうな現場社員にも声をかけて、企画を募ることにしました。声をかけられた社員たちは、初めての貴重な機会と捉え真剣に考えてアイデアを出したのですが、集まったアイデアの選定が先ほどの幹部たちによって行われた結果、幹部たちは起案者から詳細を直接ヒアリングすることもなく、「事業性がない」とか「採算が取れない」などの理由をつけて全てのアイデアを却下してしまいました。次に、経営企画部門は社長名発信で、しかも全社員からアイデアを募ることにしました。多種多様なアイデアを100以上集めることができたのですが、幹部たちはまた同様の流れで進めて、一年が経過した現在、「検討中」が数件と、当たり障りのないこれまでの事業の延長のようなものが数件採用となっただけでした。その企業は今年も新たに募集を始めたのですが、まだ結果は出ておりません。
筆者しか知らない事例を、筆者の解釈で記述しておりバイアスがかかっているかもしれません。しかし、読者の皆さんも似たような例に出くわしたことがあって、イメージがありありと浮かぶのではないでしょうか?そしてこの事例を見て、「この経営幹部たちは真面目に取り組んでいない」と、感想を持たれたのではないでしょうか?私も同様の感想を持ちました。「新規事業の場合、確定論ではなく確率論で進めなければならない(※4)」など、進め方の面で教訓めいたことを指摘することは可能です。しかし、起案者からヒアリングをしていない時点で、取り組み姿勢に問題があったと言わざるを得ません。
しかしながら、彼らを否定し非難することがこのコラムの目的ではありません。彼らの内在論理を理解し、なぜこのような行動を取り続けるのかを解明し、我々は何ができるのかを見つけていきたいと思います。
筆者が考える原因の一つは、株主からの要求が少ないのか、期待が低いのか、この程度の取り組みでポーズが取れてしまうような現実があるからだと思います。次世代の収益の柱のための新規事業投資は、本来真面目なはずの日本企業の幹部にとって、真面目に取り組むインセンティブが無いようなのです。時価総額の向上には、欧米の企業経営者が目指しているような長期保有株主の利益最大化について目に見える取り組みが必要です。しかし、日本の多くの企業ではそれが弱いのだと思います。日本の場合、最近でこそROE(自己資本利益率)を目標に掲げる企業が増えるなど、株主への利益還元の視点が一般化してきておりますが、国際競争力を向上させるには、まだまだ不足していると言えると思います。
最もコアな課題に取り組まない経営者たち
さて皆さんがご存知の事例も取り上げておきましょう。
昨今、物流網の逼迫問題が取り上げられておりますが、特に再配達の問題については以前から積極的に取り組むべき問題でした。筆者も人並みには再配達の非効率さは気になっておりました。クロネコメンバーズや佐川急便のWEB会員登録をしてあるにもかかわらず、事前の通知や在宅確認機能が無く、ポストに入った不在連絡表を見て初めて在宅のタイミングがわかる仕組みになっております。ポストを確認しない日が続くと、何枚もたまっていることもあり大変非効率と思っておりました(※5)。
2015年1月14日(水)のNHKクローズアップ現代(※6)の放送を聞いて筆者は耳を疑いました。佐川急便は年間12億個の取扱いのうち、約3割が再配達されているというのです。3割といえば3億6千万個にものぼります。一個あたりの再配達コストは知りませんが、50円だと仮定すると(再配達は2度3度ある場合も当然あります)、年間180億円程度のロスコストになっている計算になります。
これだけの規模であれば、あらゆる投資が短期間でペイします。例えば、高額の投資をして、在宅タイミングの事前確認機能を追加するなどシステムのリニューアルを行います(※7)。そして、ポイント制などのインセンティブ付与や効果的な広報活動(球団だって買えるかもしれません)を行ってその新機能の利用を促したり、売上を下げてでも再配達が起こりにくい価格設定やサービスの変更をしたりしても良かったと思います。BtoCのEC化率は2012年で3.4%、2013年で3.85%、2014年で4.37%と市場規模の拡大傾向が続いておりました(※8)。筆者はその5倍~10倍まで上昇すると予想しておりましたので(※9)、人材確保やその他物流のボトルネックを考えると、再配達は最もコアな課題の一つであり、取り組みが大きなビジネスインパクトをもたらすことは明らかでした。宅配のCMは売上アップを目指すものではなく、売上を多少下げてでも再配達を減少させることを目的とする必要があったのです。
しかし、宅配会社はこの取り組みに消極的であったと言わざるを得ません。結局これを心配して取り組みを始めたのは国土交通省でした。2015年に「宅配の再配達の削減に向けた受取方法の多様化の促進等に関する検討会」を開催して、検討を促しました。ようやく、配送の拠点や量の拡大が効果的になされ、宅配BOXの設置、ドローンによる自動配送技術への取り組みなどが始まってきました。
とはいえ、いまだにシステムへの投資は不足しておりますし、EC化率が5倍~10倍になれば、焼け石に水でしかない取組ばかりです。規制緩和など行政側の取り組みも確かに必要ですが、企業側にもできることがたくさんあったはずです。少なくとも、コアな課題の一つと認識して取り組む必要のあった事例といえると思います。
肯定できない日本の現状
これまで見てきたような事例は、大企業も含めいたるところで散見されることと思います。
本来は、最初に自分たちが活躍する理想的な未来を描き、次に現状とのギャップを課題として認識し、解決策を策定し実行していくスタイルをとる必要があります。しかし、ほとんどの経営者が、「自分たちが活躍する理想的な未来を描く」という最初の段階を怠ってしまい、現状の延長で充分と考えているのか、コアな課題を解決するための抜本的な取り組みができないでいるのが実のところではないでしょうか?
今回は「肯定できない日本の状況」と言うテーマで、IT業界の課題に入る前段階として、日本企業の課題部分について取り上げました。 次回以降は、IT業界に属するものとしてどのような取り組みができるのかについて、お届けしたいと思います。
参照資料等
(※1)赤羽雄二氏のブログの論旨を、データをアップデートして引用。詳しくは『日本人一人ひとりが行動を起こすために、「頭を前向きにする習慣」を!(第一回)』などを参照
(※2)amazonについては大前研一氏が講演で言及「2035 年、その時デベロッパーはどう生きるか 」(AWS Summit Tokyo 2015 | Key-03)
(※3)最近は時間外労働の管理が厳しくなっておりますが、文化として「滅私奉公」や「お家のため」というベースが根強く残っているようです
(※4)確実に成功しそうな企画のみを実行していくのではなく、可能性のある企画をいくつも同時並行的に市場に投入して、そのうちの一部でも当たれば成功と言えるスタイルで、多部署多段階承認が必要な大企業には馴染まないスタイルです。
(※5)ちなみに2017年4月現在でも佐川急便の不在連絡表にある私の地域の店名コードは、再配達依頼のWEBサイトで入力しても受け付けてもらえません。おそらくマスタ登録が漏れているのではないかと思われます。
(※6)「モノが運べない物流危機」
(※7)例えば、在宅のタイミングを知らせる機器として、Amazonダッシュボタンの高機能版のようなものを配布してみても面白いですね。
(※8)出典 経済産業省商務情報政策局情報政策課「平成27年度我が国経済社会の情報化・サービスに関わる基盤整備(電子商取引に関する市場調査)報告書」平成28年6月
(※9)市場予測については議論の余地がありますが、高い成長率が見込まれていることは確かです。総務省「平成28年版情報通信白書 第1部特集 IoT・ビッグデータ・AI~ネットワークとデータが創造する新たな価値 第2節 市場規模等の定量的な検証2」 等を参照
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