ITエンジニアの自己実現と「働き方改革」

Young businesswoman trapped inside of light bulb on road

こんにちは!中小企業診断士、ITストラテジストの岸本慎介です。 20年以上プログラマーやシステム開発者としてIT業界を内側から、また2014年には中小企業診断士の登録を受け、IT業界を外側から分析する機会を得てきました。 今回が4回目で、最終回となります。全体のまとめとして、仕事を通しての自己実現という考え方を伝えさせていただきたいし、自己実現の考え方から「働き方改革」の本質に少しでも近づくことができればと思います。

1.改めて、働くことの意味を考えてみる

突然ですが、皆さんの中で、アウトドア派でキャンプが大好きだという方はいますでしょうか。夏には山や海にテントを張って、「自然の中で生活することに楽しみを感じる」という人もいるだろうと思います。 実のところ、私自身はこの楽しみを理解できていません。子供の頃に学校行事などでキャンプの経験はありますが、自分の頭の中にあるキャンプは集団生活の訓練の一つで、不便で不自由な環境の中、周りの人々と協力することで生活しやすくしていく、そのような目的で実施するイベントだったりします。

そういう立ち位置なので、私がどのような言葉をかけられれば、アウトドアやキャンプの楽しさを理解できるようになるのか、逆の立場で言うとアウトドア派の人が私にどのような言葉を使えば、キャンプの楽しさを伝えることができるのか、これはかなり難しい問題だと思います。言葉でダメなら、実際に私をキャンプに連れて行ってもらえれば、その楽しさを肌で感じることができるようになるのか。むしろ、かえってアウトドアに対する否定的な気持ちが強まってしまわないか、という不安もあります。

この記事で「働くことの意味」を考えるにあたって、今度は伝える立場から、同じような不安を感じています。生活やお金のためにしか「働く」ことを捉えていない人、「働く」イコール強制、嫌なことというのが前提となっている人は少なくありません。彼らに、私はどのような言葉で、何を伝えればよいのか、迷うところではありますが、「マズローの欲求段階説」で働くことの意味を伝えてみたいと思います。

2.仕事を通しての自己実現

米国の心理学者であるアブラハム・マズロー(1908-1970)が主張した「欲求段階説」は、ほとんどの方が耳にしたことがあると思います。人間の欲求は図のようにピラミッド状に積み重なり、低次の欲求が満たされるとより高次の欲求が現れる、そして最上位の欲求が「自己実現」の欲求である、というものです。 マズローの考え方に基づくと、各段階は以下の図1のように分類できます。

●生理的欲求……食事や睡眠など、生命を維持するのに必要な本能的欲求。

●安全欲求……危険の回避や安全な生活など、予測可能で秩序だった状態の確保。

●社会的欲求(所属の欲求)……自分が社会に必要とされ、どこかの集団に所属している状態を求める。

●承認欲求(尊重欲求)……自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める。

●自己実現欲求……自分の能力や可能性を最大限に発揮し、自分がなり得るものになっている状態を求める。すべての行動の動機がこの欲求に帰結する。

この考え方に基づき、ITエンジニアの欲求段階と、段階ごとの「働く」ことの意味を下の表(図2)にまとめてみました。

この表が唯一の正解ではなく、いろいろな考え方があるとは思いますが、恐らくほぼすべてのITエンジニアが、上の表のどこかの段階にいるでしょう。安全欲求の段階、すなわち「仕事はお金のため」と主張してはばからない人も、十分な報酬が得られれば、より高次の欲求に向けて仕事の意味を問い直すことになるということになります。

その上の社会的欲求や承認欲求は、これまでの連載の言葉でいうと、「ITエンジニアの仕事の成果により、利用者に便益(ベネフィット)を与えること」であり、その結果が成果物やそれを作るエンジニアへの高評価であり、利益や給料といった形での生産性向上につながっていくわけです。働くことの意味も、プロジェクトの成功や、成果物としての製品・サービスを通して社会を変えていく手助けをする、といった方向に変化するでしょう。

ただし承認欲求は外部からの評価に依存するものであり、欲求の方向によっては地位や名声を得ることや利権の確保にとどまってしまうこともあります。最終段階の自己実現欲求を満たすと、他者の評価は意識せず、自分が最大限の能力を発揮し、自発性や自律性を発揮する人材となるとのことです。

3.自己実現と「働き方改革」

残念ながら(?)、私自身も自己実現欲求を満たす段階には来ておりませんが、自己実現を果たした人々にとっての「働く」ことの意味を、考えてみたいと思います。 低次の欲求段階で現れてくる、報酬、成果、外部からの評価などは、自己実現欲求にとっての直接の目的ではなくなっています(もちろん、それらが一切なくてよいという意味ではありませんが)。

自己実現欲求の最も本質的な目的は、働くことを通して、「なりたい自分になる」ということではないかと思うのです。 自己実現を果たす際に、ぶれない「自分軸」が重要となります。自分軸は、他者の評価に左右されない、その人自身の理念や哲学という形でも現れてきます。仕事の内容や成果だけではなく、仕事への取り組み方やこだわりなども含めて、「働くことがすべて自分軸、言い換えればその人自身の理念や哲学を体現することにつながっているでしょう。 これこそが、真の「働き方改革」だと考えます。 アベノミクスでの提言をきっかけに始まり、大企業での過労自殺事件もあったことで、「働き方改革」は生産性向上や労働時間削減といった、形式的で次元の低いものに押し込められています(マズローの図に立ち返ると、生産性も労働時間も、下から2段階目の安全欲求レベルです)。

ですが、自分としては「働き方改革」をそのようなレベルに押し込めるべきとは考えておらず、ITエンジニアだけではなく全ての人にとって、成果物を通しての利用者の便益向上、ひいては高いレベルでの自己実現を、なしとげてほしいと思っています。

「IT業界の働き方改革」というテーマで、4回にわたって連載させていただきました。また別のテーマでお会いできればと思います。ありがとうございました。

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